はじめに
暑くなってきましたね。この時期から注意しなければいけないのが熱中症です。総務省の統計によれば、5月から9月にかけて、脱水症や熱中症になる危険性が高まる傾向があります。
熱中症は、暑い環境下で体が適応できず、体温調節が困難になったり、大量に汗をかくことで体の中の水分やミネラルのバランスが崩れ、めまいや立ちくらみ、失神などの症状が現れる状態です。
特に、梅雨明け後は暑さのピークであり、熱中症の発生リスクが高まります。また、暑さが始まる前の急激な温度変化によって、真夏よりも低い温度で熱中症が発生することもあります。実は、冬季にも水分不足による熱中症が報告されています。
熱中症予防のため、子どもたちが部活動で過剰な量のスポーツドリンクを飲むこともあります。もちろん、こまめな水分補給は大切です。激しいスポーツをしていなくても、隠れ脱水症状などの危険性もあるため、水分補給は積極的にお勧めします。
しかし、スポーツドリンクを過剰に摂取してしまうと、体やお口の中の健康面へのリスクがあります。2024年7月のネット記事に「水が苦手で飲めない子どもが増えている」という記事があり、普段からスポーツドリンクなどの味がする飲み物を常飲している子どもが、味のしない水を飲めなくなったという考察が出ていました。
実際、2021年の調査論文によると果汁100%ジュースを含む甘い飲み物を小さい頃から飲んでいると水の摂取量が減少したという報告があります。
甘い飲み物を大量に飲み続けていると「ペットボトル症候群」と呼ばれる健康に悪影響を与える恐れがあります。
そこで、今回はむし歯予防と体の健康のために、スポーツドリンクや経口補水液に関する知識とスポーツドリンクに頼らない熱中症対策についてまとめてみました。この記事がペットボトル症候群を予防するきっかけとなっていただければ幸いです。
目次▼
脱水症状時は水だけ飲んでも体内にあまり吸収されない
「熱中症対策はしっかり水分をとればいいのでは?」と考える人もいるかもしれません。実は、水分をとっていても正しくとっていないと熱中症になることがあります。また、誤った方法で水分補給を行うと症状が悪化することもあります。
人は汗をかくと、水分だけでなくミネラル(電解質)も同時に失われます。水には水分が含まれていますが、ナトリウムなどのミネラルは含まれていません。
このミネラルはナトリウムやカリウムを指すのですが、体液は水だけでなくこのようなミネラルも含んでいます。ナトリウムは浸透圧という、細胞の外から細胞の中に水分を行き渡らせる役割を担っています。
つまり、体液中のナトリウムが減少すると、細胞内に水分が行き渡らなくなります。また、細胞のエネルギー源であるブドウ糖は、ナトリウムが存在することで細胞内に入ることができます。なお、人の体液の塩分濃度は0.9%です。
医療現場で使われる生理食塩水はこの塩分濃度と同じような浸透圧のため、体内に入れても刺激が少なく、輸液や注射液の溶液として使用されます。(ちなみに海水の塩分濃度は3.4%です。)
暑い環境や激しい運動中、大量の水だけを飲むと体液が薄まってしまい、ミネラル不足を引き起こします。水のみでは吸収速度がそれほど速くないため、即効性のある水分補給とは言えません。
従って、熱中症予防のためには十分な水分だけでなく、電解質の補給も必要です。
経口補水液とスポーツドリンクの違いは?
水分だけでなく塩分などミネラルを含み、体液に近い組成になっている飲料をイオン飲料と呼びます。イオン飲料は「アイソトニック飲料」と「ハイポトニック飲料」の2つに分けられます。
アイソトニック飲料は人間の体液と同じくらいの浸透圧に調整された飲料で、市販のスポーツドリンクがこれに該当します。
一方、ハイポトニック飲料は人間の体液よりも浸透圧が低くなっており、体内へ水分が行き渡りやすくなっています。経口補水液もこのハイポトニック飲料の一種です。
経口補水液は、水分と電解質を迅速に補給できるように、ナトリウムとブドウ糖の濃度が調整された飲料です。
この経口補水液の起源は、1940年代にコレラによる脱水症状の治療のためにWHO(世界保健機関)が開発したことに始まります。経口補水液は、点滴などの器具や技術が不要で、口から飲むだけで治療が可能な画期的な発明でした。2004年にペットボトル製品としてOS-1が個別評価型病者用食品として厚生労働省(2011年以降は消費者庁)から許可され、2024年では2社から個別評価型病者用食品の経口補水液が販売されています。
一方、スポーツドリンクの起源は1968年にアメリカ合衆国で発売された「ゲータレード」です。その後、スポーツ医学の進歩とともに、水分とミネラルの必要性が認識され、多くのスポーツドリンクが市場に登場しました。日本でも1980年にアルカリイオン飲料としてスポーツドリンクが導入され、その後様々な後継品が販売されました。
では、経口補水液とスポーツドリンクは何が違うのでしょうか?大きな違いは塩分と糖分の含有量です。
腸内ではナトリウムとブドウ糖が力を合わせて水分の吸収を促進します。食塩とブドウ糖を同時に摂取すると、小腸から約25倍の速さで水分と栄養分が吸収されることがわかっています。
経口補水液は水分と電解質を素早く補給できるように、ナトリウムとブドウ糖等の濃度を厳格に決められた組成で調整した飲料です。経口補水液のブドウ糖濃度は2%です。この濃度で、水分や電解質が静脈点滴と同じくらいの速さで最も速く吸収されます。
一方、スポーツドリンクは統一された基準は存在せず、砂糖などの甘味料が4〜6%含まれています。つまり、スポーツドリンクの吸収速度は経口補水液と比較して遅くなります。薄くして2%に近づければ吸収が早くなりそうですが、ナトリウムなどの電解質も一緒に薄まってしまいます。
また、下記の表をご覧いただくと、スポーツドリンクの電解質含有量が比較的少なく、ナトリウムの量は経口補水液の3分の1程度です。そのため、スポーツドリンクを摂取しているにもかかわらず、ナトリウム不足を起こしてしまう場合があります。
経口補水液とスポーツドリンクはそれぞれ異なる目的や使用方法があります。経口補水液は
主に脱水症状の治療や水分・ミネラルの迅速な補給に使用されます。一方スポーツドリンクは運動中の水分補給やエネルギー補給を目的としています。
このようにみると、熱中症には経口補水液が適切ということがわかりますが、経口補水液にも欠点があります。
飲んだことがある人には納得していただけるかもしれませんが、糖分が少ないためにあまり美味しくありません。また、経口補水液はスポーツドリンクと比較してやや価格が高いです。そのため、「美味しくない+高い」経口補水液よりも、「甘くて美味しい+安い」スポーツドリンクが消費者に選ばれてしまう傾向があります。
スポーツドリンク多飲はペットボトル症候群の危険性
スポーツドリンクは、熱中症予防のイメージがあり、また甘く飲みやすいことから、ペットボトル症候群になりやすいと考えられています。
ペットボトル症候群とは、清涼飲料水(糖分入り飲料)を大量に摂取することで引き起こされる健康障害です。清涼飲料水を飲みすぎると血糖値が上昇します。血糖値が上がると暑くなくてものどが乾くため、清涼飲料水をさらに飲んでしまう悪循環が起こります。
ペットボトル症候群の症状として、だるさや腹痛、吐き気などがあり、重症の場合には意識障害や昏睡状態になる恐れもあります。
さらに、スポーツドリンクを摂取することは2型糖尿病のリスクも高めることがあります。スポーツドリンクには多くの糖分が含まれており、これを摂取すると血糖値が急上昇します。急激な血糖値の上昇により、インスリンが急激に分泌されます。その後、血糖値が急激に低下し、ジェットコースターのような乱高下が続くことになります。
このような状況が繰り返されると、インスリンの分泌が妨げられて、さらに糖尿病のリスクが高くなります。
研究によれば、清涼飲料水を毎日1杯摂取すると、糖尿病のリスクが22%増加するとのことです。ただし水やお茶に切り替えると、このリスクは14%減少すると報告されています。
スポーツドリンクと歯の関係は?
ここからは歯科の話をしていきましょう。スポーツドリンクが歯に与える悪影響としてむし歯と酸食症(さんしょくしょう)があります。
1. むし歯-甘味成分が大量に入っている
WHO(世界保健機関)は、3歳から18歳までの1日の砂糖摂取目安量を25グラムと推奨しています。
スポーツドリンクの甘味成分は、有名な2つの飲料で500mlペットボトル1本分において、それぞれ約20〜30グラムでした。この量は1日の推奨量と同じかそれ以上となります。また、スポーツドリンクには砂糖だけでなく果糖ブドウ糖液糖という甘味料も使用されています。この果糖ブドウ糖液糖もむし歯の原因になります。
特に乳歯や新たに生えた永久歯は、むし歯原因菌が出す酸に弱いため、幼児や小学生に過剰にスポーツドリンクを与えると、広範囲にむし歯が進行することがあります。
2. 酸蝕症-酸味料
スポーツドリンクだけでなく清涼飲料水に当てはまりますが、酸味料が使用されています。そのため、酸性の飲み物は歯を溶かす酸蝕症を引き起こすことがあります。
もちろん、すぐ酸蝕症になる訳ではありません。口の中には唾液が存在し、酸を中和する働きがあります。しかし、頻繁にスポーツドリンクを飲むと、酸に晒される機会が増えます。また、寝ている間は唾液の分泌が減少するため、就寝前にスポーツドリンクを摂ることは、危険な状態となります。
歯科医師が提案する-スポーツドリンクに頼らない熱中症対策でむし歯予防を!
体や口の健康のために、スポーツドリンクを水代わりに飲まないことが大切です。歯科医師の立場から、熱中症対策でスポーツドリンクに頼らない方法をお伝えします。
1. 普段の生活では水を中心に飲む
日常生活では、スポーツドリンクや経口補水液を利用しなくても、水でこまめに水分補給をしていただくことで、熱中症の予防が可能です。お茶でも構いませんが、カフェインの利尿作用により体内の水分が失われる場合もあるため、カフェインの入っていないお茶をお勧めします。
2. 朝食をしっかりと摂る
食事を欠かさずに摂ることで必要な塩分を十分に摂取することができます。特に気温が上昇しやすい昼間に備えるために、朝食をしっかりと摂ることが大切です。
3. 熱中症予防には水分と塩分
麦茶にはミネラル成分が含まれていると言われますが、ミネラル量が豊富という訳ではないため水でも構いません。
水分補給に加えて塩分を摂取したい場合には、ペットボトル500mlの水または麦茶に塩1つまみ(約1グラム)を加える方法や、塩を舐める方法があります。麦茶に少量の塩を入れても味に大きな変化はありません。塩の代わりに、漬物や茎わかめのような塩分のある食べ物を少量食べることも対策となります。ただし塩分の取り過ぎには注意してください。
塩あめについても質問を受けることがありますが、塩あめはむし歯の原因となる糖類を含み、口の中に長く停滞するという点ではむし歯のリスクがあるため、注意が必要です。
4. 緊急時に備えて経口補水液の準備を
以上の対策でも十分に熱中症の予防になりますが、炎天下や激しいスポーツや仕事の場合には予想以上の汗をかくことも考えられます。そのためにも、緊急時に備えて経口補水液は事前に準備しておいた方が良いと考えられます。
いざという時に!経口補水液の作り方
経口補水液が選ばれない理由として、スポーツドリンクと比べて価格がやや高いことも原因かと考えられます。そこで、今回は家庭でも作れる経口補水液の作り方を以下に記載します。ただし、市販の経口補水液とは違い保存はできないので注意が必要です。
また、経口補水液の注意点として「金属を錆びさせる可能性があるため、金属以外の容器(水筒)をご使用ください」と書かれています。スポーツドリンク対応の水筒も発売されましたが、経口補水液はスポーツドリンクよりも塩分濃度が高く、サビの恐れもあるため、注意が必要です。(水筒のメーカーに問い合わせることをお勧めします)
また、経口補水液は脱水症状時の飲料であり、脱水症予防の飲み物ではありません。塩分量が多いため、脱水症状でもない時に経口補水液を常飲することは控えてください。説明書きにも軽度から中等度の脱水症の時に飲むように記載されています。
他にも、経口補水液はナトリウムやカリウムが多く含まれているので、高血圧や糖尿病、腎疾患がある方は医師に相談してください。
経口補水液には飲み方がある
経口補水液を効果的に使用するには「冷たい状態」で「ゆっくりと飲む」ことが大切です。
水分は5℃〜15℃の冷たい状態の方が体内に素早く吸収されます。
一気に飲んだ方が早く解消するようにみえますが、早く飲むと急速に水分が吸収されるために血液が一時的に薄くなります。すると体は濃度を調節するために尿として水分を外に出そうとしてしまいます。
そのため、緊急時は500mlのペットボトル1本分の経口補水液を30分くらいかけ、少しずつゆっくり飲みましょう。ただし、ブドウ糖などの糖類が入っているため、歯に触れにくいようにストローで飲むことをお勧めします。
まとめ
1. 5月から9月にかけて熱中症のリスクが高まる。
2. スポーツドリンクの過剰摂取は糖尿病やむし歯のリスクが高くなる。
3. 経口補水液は水分と電解質の素早い補給に適しているが、スポーツドリンクは電解質の量が少ないためナトリウム不足を起こす場合がある。
4.経口補水液は冷たい状態でゆっくりと飲むことが大切で、適切な量を時間を欠けて摂取することをお勧めする。脱水症状時以外の常用は控える。
5.糖尿病やむし歯のリスクを避けるためにもスポーツドリンクを水代わりに飲まないようにすることを推奨する。
この記事を書いた人
医療法人社団 統慧会 かわべ歯科 理事長 川邉滋次
参考文献
1. 総務省 令和4年(5月から9月)の熱中症による救急搬送状況
2. 総務省 令和5年(5月から9月)の熱中症による緊急搬送状況
3. Robinson, Sonia L., et al. "Predictors of age at juice introduction and associations with subsequent beverage intake in early and middle childhood." The Journal of Nutrition 151.11 (2021): 3516-3523.
4. 谷口英喜. "経口補水療法." 日本生気象学会雑誌 52.4 (2015): 151-164.
5. 日本小児歯科学会. イオン飲料とむし歯に対する考え方.
6. 厚生労働省. 職場における熱中症予防情報.
7. 授乳・離乳の支援ガイド(2019年改定版)
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