食べ物・飲み物の酸が歯を溶かす!?
はじめに
甘さに関係せず、酸性の飲食物や化学物質、胃酸などの「酸」に歯が触れ続けると、歯が少しずつ溶けてしまう状態を酸蝕症(さんしょくしょう)とよびます。2013年の研究では成人の有病率が約29%と非常に高くみられます。
酸蝕症の症状としては知覚過敏や(歯が溶けるためすき間が出きやすくなり)つめものや被せ物が外れてしまう、歯が茶色っぽく見えるなどがあります。
むし歯は細菌が歯の表面にバイオフィルム(プラーク)を作り、その中に糖を取り入れてエネルギーを得るときに副産物としてできた酸が歯に触れることで溶かす病気です。
酸蝕症はむしろプラークがない場所の方が発生しやすくなります。また唾液が少ないほど酸蝕症が進行しやすくなるため、ドライマウス(口腔乾燥症)の方は注意が必要です。
酸蝕症とむし歯はそれぞれ別の病気です。ただ、日常飲食しているものは糖と酸が一緒に含まれているものも多いため、酸蝕症とむし歯の両方が関わる「複合う蝕」が発生することもあります。これは酸性状態を好む菌=むし歯を進行させる菌が多くなり、プラークの量が少なくてもむし歯が急速に進行する状態です。
今回はこの酸蝕症の原因と対策についてまとめてみました。
▼目次
歯が溶ける強さは「pH」と「中和されにくさ」が影響
理科の授業でpH(ピーエイチ)という言葉を聞いたことがあるのではないでしょうか?pHは水素イオン指数といい、1〜14まであり、真ん中の7が中性で、7より小さいほど酸性度が強くなります。
歯のミネラル成分が溶ける「脱灰(だっかい)」の程度は酸のpHで大きく変わります。ただ2分以内の短時間では観察できるほどの溶け出しは起きないことは研究によって報告されています。
pHは1違うと歯のミネラルが溶ける度合いが5〜10倍変わります。そのため1ぐらい違っても大差はないと思わないでください。
もう一つ酸の強さの基準となるのが「中和されにくさ」です。酸は歯のミネラル成分を溶かすことで消費されます。その結果、酸は中性に近づいていき溶け出しが停止していきます。
中和が速ければ酸蝕はほとんど起きません。しかし、いつまでも中性に近づかない酸の場合は歯と接触している間に歯のミネラルの溶け出しが続いてしまいます。つまり中和されにくい酸は酸蝕のリスクが高くなります。
酸性の飲食物ってどんなものがあるの?

お口の中は普段中性で歯のエナメル質はpH5.5よりも低いと溶け始めます。細菌が出す酸よりも飲食物の方が酸性度が高い場合があります。
ただ、2016年の研究(市販の飲料379製品のpHを評価したもの)では、pH4より高い数値の飲料は侵食性は低いと分類しています。 そのため5.5より低い飲食物が全部危険というわけではなくpH4以下が酸蝕症リスクが高まる目安となります。
清涼飲料水やスポーツドリンク、お酒や果物、野菜ジュース、飴など酸性の飲食物は意外に多いです。これらを習慣的に飲食していると酸蝕症になります。
中にはミルクを原料とした酸性飲料がありますが、ミルクには歯にとって豊富なミネラルイオン(カルシウムイオンなど)が含まれています。そのため、ミルクが原料の一部として使用されている製品はpHだけでは酸蝕のリスクが推定出来ない場合があります。
炭酸飲料は炭酸が歯を溶かすの?

炭酸飲料の炭酸が歯を溶かす原因ではありません。無糖の炭酸水はコンビニやスーパー、薬局などにも多くみられるようになってきましたが、炭酸水は弱酸性・中和されやすい酸のため、水代わりに毎日飲まなければ歯の表面に悪影響を与えるまでにはなりません。
歯を溶かす原因は炭酸ではなく酸味料です。クエン酸・リン酸・酒石酸・リンゴ酸などは酸味料とよばれ、歯を溶かす力が強く中和されにくい酸のため、酸蝕のリスクが高いです。
炭酸飲料だけでなくジュースなども酸味料が使用されているため酸性になります。
この酸味料は飲んだ時のさわやかな感じを出す、味を調整するだけでなく、
飲み物に微生物が増殖しないように衛生面や品質を維持することも目的とされています。
つまり歯を溶かすのは炭酸ではなく酸味料が原因だったのです。酸性の飲み物=炭酸飲料と考えないようにしましょう。
糖+酸の組み合わせがより歯に危険な理由
糖と酸を両方含んだ飲食物はさらに注意が必要です。酸性の飲食物を頻繁に摂っていると口の中で酸に強い細菌が増え、甘いものを食べた時も口の中が酸性に去りやすく、虫歯が早く進行してしまう恐れがあります。
毎日歯みがきをこなし、甘いものを食べていないのにむし歯になってしまう人は、飲み物や健康や美容のために続けて飲食しているものに含まれる酸と糖によって歯が溶けてしまっているかもしれません。むし歯のリスクが高い「酸と糖の組み合わせ」の飲食物は旅行などのたまに飲む程度に抑え、日常的に摂ることは控えてください。
酸食症で溶けてしまった歯は、もろくなっているため歯みがきでも削れてしまう場合があります。そのため酸食症の治療は食生活のコントロールが必要です。酸性飲食物をできる限り抑えることで問題が解決する可能性があります。
幼児や高齢者の歯は溶けるリスクが高い?

幼児の口の中は乳歯と生えたばかりの永久歯の構成となっており、成人の永久歯と比較して柔らかく酸に弱くなっています。そのため親が食べている酸性のものを子どもに与える時は注意してください。

高齢者の場合は歯周病などで歯ぐきが下がってしまい、歯の根本部分がむき出しになってしまうことがあります。また、長い年月歯を使用しているため歯がすり減ってしまい、表面のエナメル質が剥がれてしまうなど、象牙質とよばれる内層部分が出ている場合もあります。
この象牙質の部分はエナメル質よりも柔らかく酸に弱くなっています。若い頃よく飲食していた酸性のものを口にする際には、量を少なくしたり、酸性度が少ないものに変更できるかなどを考える必要があります。
酸蝕症はフッ化物で防ぐことが難しい
フッ化物は歯のエナメル質の耐酸性を強化できることが期待されますが、酸蝕症を起こす飲食物は酸性度が高く、フッ化物による再石灰化が間に合わないエナメル質はどんどん溶けていくと考えられます。そのためフッ化物で酸蝕症を予防することは、むし歯以上に難しいです。
酸性の飲食物と上手に付き合っていくには?
「酸性の飲食物は歯が溶ける危険性があるから避けたほうが良い」というアドバイスでは生活が楽しめなくなってしまいます。そこで、酸性の飲食物を口に入れるときにルールをつくって上手に付き合っていく方法をおすすめします。
それには3つのキーワード「酸が歯に触れる時間を少なくする」「酸をなるべく歯に触れないようにする」「(唾液や水で)酸を中和する」が重要です。
1. 酸が歯に触れる時間を少なくする
酸が歯に触れる時間を少なくする方法として、ダラダラ食べをしない・ちびちび飲まない、健康に良いという理由で酸性のものを毎日摂るのではなくお休みの日をつくるなど時間や回数の工夫があります。
2. 酸をなるべく歯に触れないようにする
酸をなるべく歯に触れないようにするために、ストローを使用して酸性の飲み物の歯に触れる機会を少なくする方法があります。
3. (唾液や水で)酸を中和する
酸を中和するために、飲食後は水やお茶を飲んだり、水でゆすぐ、キシリトールガムを食べて唾液を出すなどがあります。
飲食物以外の酸蝕症がある
飲食物以外でも化学物質によっては「酸性物質」があり、歯を溶かす性質があります。
そのため法令と規則で対象の化学物質を使って働く人のための検診が定められています。

この健康診断は「歯科特殊健康診断」といい、化学物質による健康の影響への調査と労働衛生管理が目的とされた検診で、労働安全衛生法に基づいています。
労働安全衛生法施行令より、塩酸・硝酸・硫酸・亜硫酸・フッ化水素・黄りん・その他歯や歯周組織に有害なガスや蒸気、粉じんを発散する場所における業務に従事している方が対象です。

従来は労働者50人未満の事業所は有害事業に従事する人が1人でもいる場合は、歯科特殊健康診断の義務がありましたが、報告は義務化されていませんでした。
そのため「50人未満の事業所は歯科特殊健康診断をやらなくていい」と誤って受け止めてしまったケースも多く、実施率が低かったことが報告されています。
2022年10月1日からは労働安全衛生規則が一部改正され、50人未満の事業所も、労働基準監督署長への報告が義務化されています。
「雇入れた際」、「対象となる業務への配置換えの際」、「対象業務についてから6ヶ月ごとに1回」定期に実施されなければなりません。
歯科特殊健康診断は作業環境の状況や作業の状況を把握しながらの診断するため、基本的に事業所が検診場所になります。
内容も一般的なむし歯や歯周病の検診とは違い、お口周りの皮膚や粘膜、歯、あごの骨、舌などを診査します。
他にも摂食障害の方や無理なダイエットをしている方で嘔吐が習慣化してしまい、胃酸によって歯が溶けてしまうケースもあります。
まとめ
1. 酸蝕症は甘さに関係せず、酸性の飲食物や化学物質に歯が触れ続けると歯が少しずつ溶けていく状態。
2. 酸蝕症とむし歯は混同されやすいが、成り立ちが違うため、対策方法も異なる。
3. むし歯のリスクが高い「酸と糖の組み合わせ」の飲食物はたまに飲む程度に抑え、日常的に摂ることは控えるべき。
4. 小児・高齢者はそれぞれの理由で歯が酸に弱いため、酸性の飲食物の与え方に注意する。
5. フッ化物で酸蝕症を予防することは、むし歯以上に難しい。
6. 酸性飲食物を全く取らない選択肢ではなく、「酸が歯に触れる時間を少なくする」「酸をなるべく歯に触れないようにする」「(唾液や水で)酸を中和する」方法で酸性飲食物と一緒に正しく付き合っていくことが大事。
この記事を書いた人

医療法人社団 統慧会 かわべ歯科 理事長 川邉滋次
参考文献
①Bartlett, David W., et al. "Prevalence of tooth wear on buccal and lingual surfaces and possible risk factors in young European adults." Journal of dentistry 41.11 (2013): 1007-1013.
②Lussi, Adrian, et al. "The use of fluoride for the prevention of dental erosion and erosive tooth wear in children and adolescents." European archives of paediatric dentistry 20.6 (2019): 517-527.
③Lussi, Adrian, et al. "Erosive tooth wear: diagnosis, risk factors and prevention." American journal of dentistry 19.6 (2006): 319.