食後30分間歯磨きを控えることがむし歯予防に本当に効果があるのか?
はじめに
皆さんは、「食後すぐに歯磨きをしてはいけない」という話や、「食後30分以上待ってからブラッシングをしましょう」という話を聞いたことがありますか?
当院でも、本やテレビ、ウェブ等から知った患者様から、「食べた後すぐに歯ブラシすると歯に良くないのでは?」とご質問をお受けすることもありました。
今回は、「この30分以内に歯磨きしない方が良いのはは本当なのか?」についてまとめてみました。
▼目次
「歯磨きを避ける」はむし歯のアドバイスではない
まずは、30分以内の歯磨きを避ける話のルーツをたどってみましょう。
1999年に、歯の表面にクエン酸を3分浸してから歯磨きを行い、どのくらい削れているかを計測した研究があり、30分後の歯磨きと60分後の歯磨きで明らかに差があったと報告されています。また、炭酸飲料「スプライト」を使用した研究でも、60分以上経過後の歯みがきが望ましいと結論づけられています。
実は、この「食事後すぐに歯磨きをするべきではない」という話は、むし歯ではなく酸蝕症(さんしょくしょう)のアドバイスでした。日本歯科保存学会、日本口腔衛生学会、日本小児歯科学会でも「30分以内の歯磨きを避けることは根拠に欠けており、引き続き食後のブラッシングはむし歯の予防に有効」と報告されています。
甘さに関係せず、飲食物や化学物質、胃液に含まれる酸が直接歯に触れることで、歯が溶けていく状態を酸蝕症とよびます。
一方、むし歯は口腔内の細菌たちがバイオフィルム(プラーク)を歯の表面に作り、その中に糖を取り込んでエネルギーを得る際に副産物として出た酸が歯を溶かして発生・進行します。
酸蝕症とむし歯はこのように違いがありますが、本やメディア、ウェブで情報が部分的に強調されてしまった結果、誤った情報が広まってしまったと考えられます。
食後の歯磨きはむし歯予防には有効
食後の歯磨きは、むし歯予防に関してメリットの方が大きいです。
むし歯は口腔内の細菌が、飲食物の糖質を分解して酸を作り歯を溶かす病気です。菌の塊であるプラークの中が酸性になっていきます。
プラークが付着している歯は唾液の中和作用が行き届きにくくなり、細菌の酸で歯を溶かしてしまいます。早めにこのプラークを除去しなければ細菌はどんどん活動していきます。
つまり、むし歯対策としては、早めに歯を磨いて、食べかすやプラークを除去することが重要と考えられます。
酸性飲食物を好む人は食後すぐ歯磨きを避けるべき?
「食後すぐに歯ブラシをしてはいけない」という酸蝕症の対策は、酸性飲食物を過剰摂取している人に当てはまるもので、一般的な食事で歯が溶けることはほとんどありません。
しかし、「元気が出るからエナジードリンクを毎日飲んでいる」「健康や美容のために乳酸菌飲料やお酢を飲んでいる」ように、酸性の飲食物を常用していると、酸食症になる恐れがあります。酸食症で溶けてしまった歯は、もろくなっているため、歯磨きでも削れてしまう場合があります。
ここで、「30分歯磨きを避けるのは有効か?」というと、研究の方法が長時間酸につけておくという現実では考えにくいシチュエーションのため、30分という根拠も薄いと考えられます。そのため、酸食症に対しては、歯磨きのタイミングよりも食生活のコントロールが大切です。
「酸性の飲食物は歯が溶ける危険があるから、全く口にしない方がいい」というアドバイスでは生活が楽しめなくなるため、酸性の飲食物と一緒に付き合っていく3つの方法をおすすめします。
1. 酸が歯に触れる時間を少なくする
ダラダラ食べをしない、ちびちび飲まない、毎日摂るのではなくお休みの日をつくる、1日の間食回数を少なくする、寝る前に摂取しないなど、時間や回数を工夫しましょう。
2. 酸をなるべく歯に触れないようにする
ストローを使用して酸性の飲み物を飲むことで、歯に触れる機会を少なくする方法があります。
3. 酸を中和する
酸性の飲食物で一時的に口の中が酸性になっても、すぐに唾液の作用で中和されます。
それでも心配であれば、飲食後に水やお茶を飲んだり、水で口をゆすいだり、キシリトールガムを咬んで唾液を出すことで、酸性度を低くすることができます。
まとめ
1. 30分以内の歯磨きを避けることはむし歯ではなく酸蝕症のアドバイスであり、食後早めのブラッシングはむし歯予防に有効。
2. むし歯対策としては早めに歯をみがいて、食べかすやプラークを除去した方が良いと考えられる。
3. 酸性の食べものや飲みものは完全に避けるのではなく「酸が歯に触れる時間を少なくする」「酸をなるべく歯に触れないようにする」「(唾液や水で)酸を中和する」ことで一緒につきあっていくことが望ましい。
4. 酸性の食べものや飲み物を極度に摂取している場合を除いて、食後の早めの歯みがきはむし歯予防のためにも行った方が良い。
この記事を書いた人

医療法人社団 統慧会 かわべ歯科 理事長 川邉滋次
参考文献
①Jaeggi, T., and A. Lussi. "Toothbrush abrasion of erosively altered enamel after intraoral exposure to saliva: an in situ study." Caries Research 33.6 (1999): 455-461.
②Attin, Thomas, et al. "In situ evaluation of different remineralization periods to decrease brushing abrasion of demineralized enamel." Caries research 35.3 (2001): 216-222.
③日本歯科保存学会.「食後30分間は歯みがきを避けること」についての見解(2013)
http://www.hozon.or.jp/member/statement/file/opinion_20131211.pdf
④一般社団法人 日本口腔衛生学会. 食後30分間、ブラッシングを避けることの是非(2013)
http://www.kokuhoken.or.jp/jsdh/meeting/file/meet_62_meeting4.pdf
⑤公益社団法人 小児歯科学会. 食後のみがきについて(2012).
http://www.jspd.or.jp/contents/gakkai/information/2012_01.html.
⑥Kitasako Y et al. Age-specific prevalence of erosive tooth wear by acidic diet and gastroesophageal reflux in Japan. J Dent; 43: 418-423(2015).
⑦E. Bernabé et al. Early Introduction of Sugar-Sweetened Beverages and Caries Trajectories from Age 12 to 48 Months. Journal of Dental Research; 99(8): 898-906(2020).