はじめに-子どものいびき
皆さんは「睡眠負債」という言葉を聞いたことがありますか?
睡眠負債とは「睡眠不足は積み重なってしまうため、どこかで睡眠不足を返さない限り体や心に悪影響が出てしまう」というスタンフォード大学(アメリカ)の教授が提唱した言葉です。
令和元年の国民健康・栄養調査報告によれば日本に居住している方の平均睡眠時間が、6時間未満の割合は20代で約37%、30代で約42%、40代で約47%、50代では約51パーセントと米国国立睡眠財団の推奨している平均睡眠時間7〜9時間に達していない方も多くいます。
中には遺伝的に睡眠時間が短いショートスリーパーの方もいますが、毎晩6時間の睡眠だけで脳のパフォーマンスを保つことができる人は1〜3%しかいないと言われています。そのため、自分で鍛えて必要な睡眠時間を少なくすることはできません。
では子どもの場合、どのくらいの睡眠時間が必要なのでしょうか?これは年齢によって異なりますが、小さなお子さんほど大人と比べるとより多くの睡眠時間を必要としますし、個人差もあります。
以下の表は、先進の科学的研究に基づいたアメリカ睡眠医学会のガイドラインに基づく目安です。
日本は世界と比較すると、大人だけでなく子どもも平均睡眠時間が少ないといわれています。日本を含むアジア(中国、韓国、インド)の9〜18歳の子どもの平均睡眠時間はヨーロッパの子どもと比べて1日あたり1〜2時間短く、アメリカの子どもより40〜60分短いことが報告されています。
日本ではこの対策として2013年に文部科学省が「中高生を中心とした子供の生活習慣づくり検討委員会」を設置、2014年に厚生労働省が「健康づくりのための睡眠指針2014」を発表し、子どもの睡眠習慣への支援を行なっています。
このように睡眠が注目されてきていますが、いびきが睡眠に影響することはご存知でしょうか?もちろんいびきの音がうるさくて周りの方の睡眠に影響していることもありますが、いびきをしている本人にも健康に悪い影響を与えること、そして子供のいびきは発育や歯並び等に影響することが報告されています。
実際、歯並びで当院に相談いただいた際に「眠り」に関する問題を抱えているお子さんは多くいらっしゃいます。この眠りの問題を無視して矯正治療を行なっても、歯並び異常の再発や矯正治療の進行に悪影響を及ぼす恐れがあるため、矯正治療と同時進行して解決していくことが望ましいと考えます。
そこで、今回は子どものいびきと歯並びへの影響、治療法、医科と歯科の連携についてまとめてみました。この記事がお子さんのいびきで悩んでいる親御さんの一助になっていただければ幸いです。
▼目次
いびきはなぜ起こるの?
いびきは「酸欠気味の浅い眠り」のことです。
正常な睡眠状態は気道が塞がれることなく、十分な幅があるため、息がスムーズに通ります。その後、肺から全身・脳に十分に供給されるため、細胞の修復や代謝が行われて、疲労が回復し成長も順調に促されます。「寝る子は育つ」ということわざがありますが、睡眠は子どもの成長に必要です。
ところが、眠っている状態で、気道とよばれる息の通り道が何らかの原因で狭くなってしまうと、息が通る時に空気や軟組織がふるえていびきが発生します。酸欠の前段階で十分な酸素が供給されないため、眠りが浅くなり疲労が回復しにくくなります。
子どものいびきが要注意な理由
こどもは疲れた時や、風邪などの体調不良の時はいびきをする場合があります。
しかし、日常いびきをかく場合は閉塞性睡眠時無呼吸(OSA: Obstructive Sleep Apnea)という「寝ている時に気道が塞がり無呼吸が起こる症状」が考えられます。無呼吸は10秒以上呼吸をしていない状態です(正確には90%以上の換気低下)。
ここで、いびきと無呼吸の違いについて説明します。いびきは気道と呼ばれる空気の通り道が狭くなり、周りの組織が振動したり、狭い部分に高速の気流が流れるために起こる音です。無呼吸は舌などの沈下で気道が閉鎖されてしまい気道が確保できない状態です。この状態では呼吸することができないため無呼吸となります。
大人の場合この無呼吸症状が1時間あたり5回以上だと軽度、15回異常だと中等度、30回異常だと重度の睡眠時無呼吸と診断されます。一方、子どもの場合は1時間に1回でも軽度の睡眠時無呼吸と診断されます(重度は10回以上)
以下の症状がある場合には、閉塞性睡眠時無呼吸の可能性が考えられます。
いびきをかく日が週に5日異常ある
寝ている時に口を開けていることが多い
寝ている時に呼吸が止まる
寝相が悪い
寝汗をかく
何度も寝返りをうつ
よだれが出る
口臭がある
睡眠中にせきこむことが多い
食事時間が長いように感じる
肉や繊維質の野菜を食べにくそうにしている
いびきが激しく呼吸が途中で止まってしまう子どもは、しっかりとした睡眠をとることができません。睡眠不足の子どもは成長ホルモンの分泌がうまくいかず、発育障害のリスクもあります。
小児の睡眠時無呼吸者は、脳と体の酸素が不足することでIQ(知能指数)が最大20ポイント低下し、ADHD(注意欠如・多動性障害)のリスクは5倍上がる可能性があることが報告されています。
そのため、子どものいびきは早期の対策が必要と考えられます。
子どものいびきの原因は?
子どものいびきの原因の多くが扁桃腺が腫れて大きくなることによって気道が狭くなることです。
扁桃腺は児童〜学童期にかけてリンパの発達により異常に大きくなります。鼻やのどに関係する扁桃腺が肥大すると、空気の通り道を狭くしてしまいます。
そのため、鼻から呼吸が難しくなる、鼻詰まりが起きやすい等を引き起こします。
いびきに関係する扁桃腺は、口蓋扁桃(こうがいへんとう)と咽頭扁桃(いんとうへんとう)があります。
1. 口蓋扁桃(こうがいへんとう)
腫れていると口を開けた時に目で確認できる扁桃腺です。5〜7歳が大きさのピークで、小学生後半から小さくなります。
2. 咽頭扁桃(いんとうへんとう)
咽頭扁桃はアデノイドともよばれます。鼻の奥に存在する扁桃腺で、直接目で見ることはできません。3歳から大きくなり7〜8歳がピークです。10歳頃から次第に小さくなっていく傾向があります。
子どものいびきは歯並びに影響するの?
いびきをかく子どもは、鼻で呼吸ができず、口で呼吸してしまう傾向があります。
そのため口呼吸によって、「お口周りの筋肉へ悪影響を与える」「成長ホルモンの分泌が少なくなりあごの成長発達が悪くなる」「永久歯が並ぶスペースが不足する」などの歯並び異常をおこすことがあります。
子どものいびき対策は?
小児の閉塞性睡眠時無呼吸の治療として、扁桃腺(口蓋扁桃・アデノイド )が原因の場合は、薬で扁桃腺(口蓋扁桃・アデノイド)の腫れを抑える方法や、扁桃腺を切除する方法などがあります。
睡眠医療をおこなっている医療機関(医科)では、閉塞性睡眠時無呼吸の検査として自宅で可能な簡易検査と、1泊2日入院をして精密な検査をする睡眠ポリグラフ検査(PSG検査)を行なっています。
他にも軽度〜中等度の場合はオーラルアプライアンスとよばれるマウスピース型の装置をはめたり、中等度以上の場合は CPAP療法を行うことがあります。ただし小児の場合オーラルアプライアンスは歯の生え変わり等を考慮するため医科でも処方する機会は少ないです。
成人の場合は軽度から中等度まではオーラルアプライアンス、中等度以上の場合にはCPAP療法があります。
日常よくいびきをかく場合には、睡眠科・小児科と歯科の連携が大切です。
睡眠時無呼吸はアメリカやヨーロッパでは肥満が多いのに対し、アジア人ではあごの成長不足や変形が多い原因となっています。そのため、歯科では「上のあごを矯正装置で拡大する」「筋機能のトレーニング等を続けあごの育成をする」ことで、あごの成長を促していびきと歯並び・かみ合わせの対策をする場合があります。
まとめ
1. いびきは「酸欠気味の浅い眠り」である。
2. 子どものいびきは発育に影響する。
3. 子どものいびきにはのどの近くの扁桃腺が関係している
4. こどものいびきは口呼吸に関わりがあり、歯並び異常につながることもある
この記事を書いた人
かわべ歯科 理事長 川邉滋次
参考文献
1. 厚生労働省. 令和元年国民健康・栄養調査報告. 2019: https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/eiyou/r1-houkoku_00002.html
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