災害時の歯磨きはどうする?水や歯ブラシがないときの口腔ケアと防災用品
- 歯科医師 川邉滋次

- 7月29日
- 読了時間: 11分
更新日:7月31日
▼目次
はじめに-非常用持ち出し袋に歯磨き用品は入っていますか?

地震や豪雨などの大きな災害が起こると、食料や飲み水、避難場所の確保が優先されます。そのため、歯磨きや入れ歯のお手入れといった口腔ケアは、どうしても後回しになりがちです。
しかし、避難生活では水分不足や食生活の偏り、疲労、睡眠不足、強いストレスなどが重なり、お口の環境が悪化しやすくなります。
特に高齢者や飲み込む力が低下している方では、お口の中で増えた細菌が誤って肺に入り、「誤嚥性肺炎」を引き起こす危険があります。
私自身も、過去に災害による停電や断水を数日間経験しました。限られた水を飲み水や調理に優先して使うなかで、普段どおりに歯を磨くことの難しさを実感しました。
だからこそ、防災用品を準備するときには、食料や飲み水だけでなく、歯ブラシや口腔ケア用品も忘れずに備えておくことが大切です。
この記事では、災害時に歯磨きが難しくなる理由、水や歯ブラシがないときの対処法、防災袋に入れておきたい口腔ケア用品、入れ歯のお手入れ方法について解説します。
災害時に歯磨きが難しくなる理由
災害時には、普段と同じように歯を磨けなくなることがあります。主な理由を確認してみましょう。
1.水を自由に使えない

断水が起こると、限られた水は飲用や調理に優先して使われます。
そのため、歯磨きやうがいに使用できる水が少なくなり、普段どおりの口腔ケアが難しくなります。
2.避難所では歯を磨く場所や時間が限られる

避難所では多くの方が共同生活を送るため、洗面所が混雑したり、落ち着いて歯を磨ける場所がなかったりすることがあります。
周囲への遠慮から、入れ歯を外して洗うことをためらう方もいます。
3.歯ブラシなどの口腔ケア用品が手元にない

災害直後の支援物資では、飲み水や食料、毛布などが優先されます。
歯ブラシや入れ歯用品が届くまでに時間がかかることもあるため、自分や家族に必要なものを事前に準備しておくことが大切です。
4.心身に余裕がなくなる
災害によるショックや避難生活の疲れによって、歯磨きまで気が回らなくなることがあります。生活リズムも乱れやすく、「気がついたら何日も磨いていなかった」ということも起こり得ます。
5.高齢者や子どもは特にケアが難しくなる
高齢者は入れ歯を洗う水や容器を確保できず、介助する方も不足しやすくなります。
小さなお子さんは環境の変化や不安によって歯磨きを嫌がったり、仕上げ磨きの習慣が途切れたりすることがあります。
なぜ災害時にも口腔ケアが必要なの?
避難生活では、菓子パンやお菓子、甘い飲み物など、保存しやすい食品を口にする機会が増えることがあります。さらに、水分不足やストレス、服用している薬などの影響で唾液が減ると、お口の中の汚れが洗い流されにくくなります。
口腔ケアが十分にできない状態が続くと、次のような問題が起こりやすくなります。
むし歯や歯周病の悪化
口臭や口の中の不快感
口内炎や粘膜の炎症
入れ歯による傷や痛み
食べる・飲み込む機能の低下
高齢者における誤嚥性肺炎のリスク上昇
高齢者施設を対象とした研究では、歯科専門職による口腔ケアを継続したグループで、肺炎の発症が少なかったことが報告されています。
災害時も、特に飲み込む力が低下した高齢者では、お口や入れ歯を清潔に保つことが誤嚥性肺炎の予防につながると考えられています。
また、災害関連死には、避難生活による体力低下や持病の悪化、肺炎を含む感染症など、複数の要因が関係します。
災害時の口腔ケアは、単に歯を守るためだけではありません。できる範囲でお口を清潔に保ち、食べる機能や全身の健康を維持することが大切です。
水が少ないときの歯磨き方法
歯ブラシと約30mLの水を用意します。30mLは、大さじ約2杯分が目安です。
(少量の水で磨く手順)
1.コップの水で歯ブラシを濡らします。
2.歯ブラシで歯を磨きます。
3.歯ブラシが汚れたら、ティッシュペーパーなどで汚れを拭き取ります。
4.再び歯ブラシを濡らして磨きます。
5.最後に残った水を少量ずつ口に含み、2~3回に分けてすすぎます。
一度に多くの水で1回だけすすぐより、少量の水で複数回すすいだ方が、お口の中の汚れを薄めやすいとされています。
水が少ないときは、歯磨き粉を使わず、水で濡らした歯ブラシだけで磨いても構いません。
一般的な歯磨き粉は、泡を流すために多くの水が必要になることがあります。使用する場合は、泡立ちの少ないジェルタイプなどを少量にしましょう。
水はあるが、歯ブラシがない場合
食後は、少量の水やお茶でブクブクうがいをしましょう。そのうえで、口腔ケア用ウェットティッシュや歯磨きシートがあれば、歯の表面をやさしく拭き取ります。
ドラッグストアやオンラインショッピングサイトでは口腔ケア用ウェットティッシュや歯磨きシートという商品が販売されています。これらがない場合は、水で湿らせた清潔なガーゼや布を指に巻き、歯や歯ぐきの汚れをやさしく拭き取ります。一般のウェットティッシュは、口腔内への使用が認められていない製品もあるため、製品表示を確認してください。

特に汚れが残りやすい場所は、次の部分です。
歯と歯ぐきの境目
奥歯のかみ合わせ
歯の裏側
入れ歯の金属部分
舌の表面
強くこすると歯ぐきや粘膜を傷つける可能性があるため、無理にこすらないようにしましょう。
また、飲める水が確保できている場合は、こまめに水分を摂りましょう。唾液腺をやさしくマッサージしたり、舌や頬を動かしたりすることも、唾液の分泌を促す方法の一つです。
唾液には、食べかすや細菌を洗い流し、お口の乾燥を防ぐ働きがあります。
液体歯磨きや洗口液があるときの使い方
洗口液(マウスウォッシュ)は、口をすすぐための製品です。基本的には歯磨きの代わりにはならず、歯垢を物理的に取り除くことはできません。
ただし、歯磨きができない非常時には、お口の不快感を軽減し、細菌の増殖を抑えるための補助として利用できます。
刺激が苦手な方や子ども用に備える場合は、ノンアルコールタイプを選ぶとよいでしょう。
なお、飲み込む力が低下している方や、うがいができない小さなお子さんには使用しないでください。
液体歯磨きは、口に含んですすいだ後、歯ブラシで磨くための製品です。一方、洗口液は、歯磨き後や歯磨きができないときに口をすすぐための製品です。使用方法は製品によって異なるため、表示を確認してください。
水が少ない状況では、水ですすぐ必要がないタイプが役立ちます。ただし、どちらも歯ブラシによる清掃と同じように歯垢を除去できるわけではありません。
防災袋に入れておきたい口腔ケア用品
非常用持ち出し袋には、最低限必要なものと、あると便利なものを分けて準備しましょう。
(優先して準備したいもの)
歯ブラシ
少量の歯磨き粉またはジェル状歯磨き剤
口腔ケア用ウェットティッシュ
歯磨きシート
ふた付きのコップ
入れ歯ケース
歯ブラシは家族で共用せず、1人1本ずつ用意してください。誰のものか分かるように、名前を書いた袋などに分けて保管しましょう。
(あると便利なもの)
液体歯磨き
ノンアルコールタイプの洗口液
デンタルフロス
歯間ブラシ
小型の手鏡
清潔なガーゼ
甘味料としてキシリトールを100%使用したガム
入れ歯用ブラシ
入れ歯洗浄剤
ガムをかむことは、唾液の分泌を促す方法の一つです。ただし、小さなお子さんや、飲み込む力が低下している方では、のどに詰まらせる危険があるため使用を避けてください。
口腔ケア用品にも使用期限や劣化があります。防災用品を点検する際に、歯ブラシや洗口液なども定期的に確認・交換しましょう。
災害時の入れ歯のお手入れ
入れ歯には、食べかすや細菌が付着します。
可能であれば毎食後、少なくとも1日1回は入れ歯を外して清掃しましょう。入れ歯を口に入れたままでは、内側の汚れを十分に落とすことができません。
水が不足している場合は、口腔ケア用ウェットティッシュやガーゼ、清潔なスポンジなどで汚れを拭き取ります。
部分入れ歯は、金属のバネや複雑な部分に汚れがたまりやすいため、入れ歯用ブラシや歯ブラシ、綿棒などを使って丁寧に清掃してください。
入れ歯洗浄剤がない場合は、食器洗い用の中性洗剤で代用できることがあります。洗剤を使用した後は、口に戻す前に十分に洗い流してください。
研磨剤を含む歯磨き粉で入れ歯を磨くと、表面に細かな傷がつき、かえって汚れが付着しやすくなるため避けましょう。
入れ歯の保管方法
就寝時は入れ歯を外し、ふた付きの入れ歯ケースに水を入れて保管するのが基本です。
水が確保できない非常時には、湿らせた清潔なガーゼや布で一時的に包み、できるだけ乾燥を防ぎましょう。

入れ歯をティッシュペーパーだけで包んで放置すると、ごみと間違えて捨てられる可能性があります。必ず名前を書いたケースや袋に入れて保管してください。
入れ歯を外したことで食べ物をかめない、飲み込みにくい、入れ歯が当たって痛いといった問題がある場合は、避難所の担当者や巡回している歯科医療チームに相談しましょう。
保険診療で予備の入れ歯は作れる?
保険診療では、特別な事情がなければ、前回の入れ歯を製作するために型取りを行った日から6か月以内に、同じ入れ歯を再製作することは原則としてできません。
ただし、厚生労働省の通知では、災害によって入れ歯を紛失・破損した場合、前回の入れ歯製作から6か月未満であっても再製作の対象になることが示されています。災害の種類や時期によって取扱いが異なるため、歯科医院や避難所の歯科医療チームにご相談ください。
なお、現在使用できる入れ歯がある状態で、災害への備えとして同じ入れ歯をもう一つ保険診療で作ることは、原則としてできません。
自費診療で予備の入れ歯を製作する方法もありますが、費用や製作方法は歯科医院によって異なります。
昔の入れ歯を予備として保管してもよい?
以前使用していた入れ歯は、現在のお口に合わなくなっていることがあります。
歯ぐきや残っている歯、かみ合わせは時間とともに変化します。合わない入れ歯を無理に使用すると、痛みや傷が生じたり、残っている歯に大きな負担がかかったりする可能性があります。
古い入れ歯を予備として保管する場合は、一度かかりつけ歯科医院で、使用可能な状態か確認してもらいましょう。
災害に備えて入れ歯の形をデータで保存する方法
近年は、現在使っている入れ歯の形を機械で読み取り、必要なときに使えるよう、外部のサーバーなどにデータとして保管する有料の仕組みがあります。

災害で入れ歯をなくしたり壊したりしたときに、保存したデータを利用して、新しい入れ歯を作りやすくすることが目的です。
「歯科医院に石膏模型が残っていれば、入れ歯を作り直せるのでは?」と思う方もいるでしょう。しかし、大きな地震や水害が発生すると、歯科医院が被災し、保管している石膏模型が壊れたり、失われたりする可能性があります。

入れ歯の形をインターネット上に保存しておけば、自宅や歯科医院が被災した場合でも、データが失われる可能性を減らせます。「入れ歯銀行」や「レスキューデンチャー」などが、その一例です。
ただし、入れ歯の形が保存されていても、すぐにお口にぴったり合う入れ歯が完成するとは限りません。歯科医師によるお口の定期的な確認や、完成後の調整が必要になる場合があります。
また、お口の状態や入れ歯の形は、時間とともに変化します。保存したデータをいつ更新するかについても、登録先やかかりつけの歯科医院に相談しましょう。
まとめ
1.災害時は、断水や避難所の環境、道具不足、心身の疲労などによって歯磨きが難しくなります。
2.口腔内の不衛生は、むし歯や歯周病だけでなく、高齢者の誤嚥性肺炎など全身の健康にも影響します。
3.水が少ない場合は、約30mLの水を使い、歯ブラシの汚れをティッシュで拭きながら磨きましょう。
4.歯ブラシがない場合は、少量の水やお茶でうがいをし、ガーゼや歯磨きシートで歯の表面を拭きます。
5.洗口液は歯磨きの代わりにはなりませんが、歯磨きができない非常時の補助として利用できます。
6.防災袋には、歯ブラシ、口腔ケア用ウェットティッシュ、歯磨きシート、ふた付きコップ、入れ歯用品などを入れておきましょう。
7.入れ歯は少なくとも1日1回は外して清掃し、紛失しないよう名前を書いたケースで保管しましょう。
参考文献
1.小島香, et al. "災害時の口腔保健および栄養ケアに関する支援活動体制の検討~ 能登半島地震の支援活動を通して~." 日本在宅医療連合学会誌 5.3 (2024): 26-28.
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5.宮﨑隆, et al. "東日本大震災に派遣された昭和大学医療救援隊における歯学部職員・大学院生の活動報告." Dental medicine research 31.2 (2011): 185-199.
6.厚生労働省保険局医療課.「災害発生時における保険診療関係等及び診療報酬の取扱いについて」保医発0331第2号,令和8年3月31日.
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