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執筆者の写真歯科医師 川邉滋次

レーザーでむし歯治療!?テレビ放送した歯科特集について解説

更新日:6月27日

はじめに


2024年5月に放送されたテレビ番組の歯科特集の影響で、翌日から当院にも「そちらではレーザーのみでむし歯を治療していますでしょうか?」といったお問い合わせが電話やLINEで多く寄せられました。この番組を確認するために、オンデマンドでスタッフと一緒に視聴しました。


視聴したところ、番組内では一部の良い情報が発信されていた一方で、現在では否定されている古い情報や誇張された内容が多く含まれており、視聴者に誤解を与えかねない部分も見受けられました。大手メディアで教授クラスの有識者が説明しているため、一般の方が信じてしまうのも無理はありません。


そこで、今回はその番組の内容について、予防歯科を行なっている歯科医師の観点から、正しい情報と修正が必要な部分について解説いたします。


目次▼


 

女性には人生に3つの口臭危機(クライシス)がある


この話題に関してはわかりやすく説明されていたと思われます。そのため、若干補足して説明していきます。


番組では「口臭測定値で基準値以上の割合が、男性よりも女性の方が高かった。」と、グラフを用いながら説明していました。


今回のグラフの引用文献は「口臭白書2019」とのことでしたので、こちらを調べることにしました。


口臭測定の結果

文献によると、使用された口臭測定器は「B/Bチェッカー」と呼ばれる「簡易型硫化物測定器」でした。この測定器は、様々な口臭成分を個別に測定するものではなく、発生する臭い物質全体を数値で測定するものです。そのため、口臭の由来を特定することは難しいですが、大勢の方の調査を行う手段としては適切だと思われます。


1. 思春期口臭


女性ホルモンの分泌量が増加することも原因ですが、思春期までに退縮しなかった扁桃腺に食べかすや細菌がたまりやすくなることも一因です。月経のたびに歯ぐきが腫れやすくなります女性ホルモンの変動や、ストレスによって唾液の量が減ってしまうことで発生することがあります。


2. 妊娠時口臭


女性ホルモンの分泌量増加でお口の中の菌やねばつきが増えます


3. 更年期口臭


女性ホルモンの分泌量が減少することで自律神経の乱れから唾液分泌量が減ります。


虫歯ではなくむし歯


記事やテレビのテロップで「虫歯」という表記が多く使用されていましたが、正式には「むし歯」が正しい表記です。


「むし歯」の由来は「蝕まれた(むしばまれた)歯」からきています。また、「むし歯」は別名で「う蝕(うしょく)」とも呼ばれます。かつては「虫歯」という漢字表記が一般的でしたが、これが「虫が歯を食べる」という誤解を招く恐れがあるため、文部科学省はひらがな表記の「むし歯」を推奨しています。


しかし、過去の名残から、記事やテレビ番組の校正で「むし歯」が「虫歯」になってしまうことがあるそうです。そのため、今でも一般向けのメディアで漢字で統一された「虫歯」表記がよく見られます。実際、NHKで2024年6月の放送番組で「虫歯」と表記されていました。


むし歯は感染症ではない事実(感染の窓は過去の話)


ミュータンス菌という言葉からむし歯の原因菌をイメージされることがあるかもしれませんが、その認識は1960年代に動物実験でミュータンス菌を使用した結果、むし歯が引き起こされたことに基づいています。


従来、むし歯は特定の細菌、特にミュータンス菌などによる感染症として考えられてきました。特に「感染の窓」として、生後19ヶ月から31ヶ月の時期がむし歯に感染しやすい期間として注目されていました。


日本人のむし歯の細菌種
日本人のむし歯の細菌種(論文より一部改変)

2014年に行われた日本人のむし歯に関する分子解析による研究で、むし歯の原因とされる細菌として「乳酸菌」「ビフィズス菌」「ミュータンス菌」など、お口の中に常在するさまざまな菌が特定されました。


お口の中の常在菌は、健康な口内環境でも見られるものであり、単独でむし歯を引き起こすのではなく、さまざまな菌の相互作用や環境の変化が関与しています。つまり、むし歯が進行している場所に必ずしもミュータンス菌が存在するわけではなく、場合によっては存在しないこともあります。


現在では、むし歯は特定の細菌から引き起こされる感染症ではなく、菌の複合的な影響や環境要因によって発生する非感染性の疾患として理解されています。そのため、「感染の窓」という概念も時代遅れとなっています。


WHO(世界保険機関)でもむし歯は一般的な非伝染性の疾患と定義しています。


食器の共有やフーフー、口移しを禁止してもむし歯予防には無意味な理由


生後4ヶ月で母親のお口の中の細菌は子供に伝播していることが明らかになっています。


つまり、離乳食が5〜6ヶ月頃に開始された時点でもうお口の中に細菌が存在していることになります。そもそも一緒に生活している間に子供は親の唾液に接触する機会が多いため食器共有を避けてもあまり効果はありません。


また、育児だけでも大変な時期に食器などの共有を意識しすぎると、思わぬことでパートナーやご家族と喧嘩になってしまったり、ストレスを溜めてしまうことになります。この時期のお子さんは触れるなどのコミュニケーションが大切なのに、その機会を逃してしまうかもしれません。


生きていく上で菌がお口の中で生息することは避けられないのですから、そこからむし歯にならないように歯を守る「予防歯科」に努める方が大切です。もちろんお子さんだけに注力するのではなく親御さん自身のお口の中の環境も良くしていかなければモチベーションを持続することは難しいでしょう。


お子さんのお口の中を守る具体的な対策方法としては

1. 3歳までは砂糖の入った食べ物や飲み物を与えない

2. お子さんのお口の中を清掃する習慣をつける

3. 親御さんのお口の中の環境を改善・維持させるためにも定期的に歯科に行く

4. お子さんが産まれた後からではなく、妊娠より前からお口の中のケアを意識する

(パートナーの方も)

5. 歯が生え始めたらフッ化物入り歯磨き剤を使用する(濃度や使用方法に注意)

があります。


悪魔合体はバイオフィルム(プラーク)の説明だった


悪魔合体という聞き慣れないため先進の情報と思ってしまいます。

しかし、説明をよく聞いてみるとバイオフィルム=プラーク(歯垢)について説明しているだけです。バイオフィルムとは細菌の集合体であり、歯の表面に作られたバイオフィルムは歯科界の2大疾患であるむし歯と歯周病の原因となります。


実際、解説している先生も「排水溝のぬめりと一緒」と述べています。私自身、幼稚園や保育園の講演会でプラークのことを排水溝のぬめりに例えて説明します。


歯の表面にくっつく細菌のかたまりプラーク(バイオフィルム)の中には、1グラムに約1千億もの細菌がいると報告されています。その中の細菌の種類は様々で、糖を栄養にして酸を出しむし歯を起こす細菌がむし歯の原因菌です。


むし歯を引き起こす細菌は、「糖」を栄養にしてエネルギーを得る時に、副産物として糖を出し、歯を溶かします。糖をダラダラ摂取していると、細菌が絶えず酸を出すようになり、酸に強い細菌ばかりが増えてきます。(マイクロバイアルシフトといいます)その結果、口の中がむし歯になりやすい悪い環境に変わっていきます。


むし歯で歯が溶けるのは、プラークの中の細菌が、口の中に入ってきた飲食物の糖を栄養にしてエネルギーをもらう時に副産物として酸を出すためです。


プラークがすぐに取り除くことができれば、唾液の働きによって歯はミネラルを取り込み自然に修復します。みがき残しがありプラークが長期間ついたままの状態だと、この自然修復作用が妨げられます。


このように歯の溶け出しが元に戻らないところまで進んでしまい、歯に穴があいた状態がう蝕(むし歯)です。むし歯はプラークと接している歯の表面から発生します。特にプラークがたまりやすい「歯と歯の間」は注意が必要です。


成熟すれば歯にとって悪影響を与えることはわかっていますのでお口の中の清掃や食事、呼吸方法を基本にアプローチしていくことになります。


ヨーグルトなどの乳酸菌のお口への影響は根拠なし


プロバイオティクスとは十分な量を摂取した場合に身体の健康に有益である生きた微生物のことを言います。

副作用などのネガティブな報告はありませんが、プロバイオティクスに関する有益な論文が少なく、エビデンスに欠けるという結論になります。


ましてやL8020が良いからと言って、加糖入りの飲料を毎日摂取していれば、むし歯のリスクはむしろ高くなる場合があります。


余談ですが、ヨーグルトは酸性(pH3.9)で歯が溶ける酸蝕症(さんしょくしょう)の原因になりそうなのですが、ヨーグルトにはリンとカルシウムが豊富で、歯の表層のエナメル質が溶け出しにくくなるため、無糖であれば気にせず食べていただいても問題ありません。


レーザーでむし歯治療は一般的でない理由


レーザーでむし歯治療を行なった20代の方の歯全体のレントゲン写真を掲載していましたが、よく見てみると元々1ヶ所しか治療箇所が存在せず、他は健康な歯です。あの画像だけでは「レーザー治療を行ったから全部の歯を守れた」と視聴者が誤認してしまいます。


歯科医院に定期的に通っている芸能人の方でさえも「(レーザーでのむし歯治療は)実用化されているのに知らない」とおっしゃっていましたが、レーザーでのむし歯治療は一般的なむし歯治療方法ではないため、歯科医院がレーザーを所有していても積極的に行なっていないことが現実です。


理由としては「理論上は可能だが効率が悪すぎる」ことが挙げられます。

当院でもレーザーを所有し、レーザーの勉強会に何度も足を運び、実際の治療を実習してきましたが、時間がかかりすぎる印象が強すぎました。


今回番組で出ていた小さなむし歯で今後進行していく恐れが低い場合には有効かもしれませんが、皆さんがよくイメージするような穴の空いたむし歯の場合は範囲が広く、レーザーのみで除去するとなると相当な時間がかかります。番組で解説された先生本人も「レーザーでの治療は削る治療よりも2〜3倍時間がかかる」と述べています。むし歯の治療なのに手術のような時間がかかるイメージです。


時間かかってもメリットがあるから問題ないのでは?と思う方もいるかもしれませんが、むし歯治療は削るだけではありません、その後で型取りをしたり歯科材料を詰めていき、かみ合わせを見ながら磨き上げるまでの行程があります。そうなると、口を開けている時間が長くなり患者さんのアゴへの負担がかかりやすくなります。また、意識がある中時間がかかりすぎると「いつ終わるんだろう?」という不安でレーザーに対する恩恵はあまり感じにくいと思われます。


レーザーを使用したむし歯治療を行うのであれば、単独ではなく従来の治療法と併用することが良いと考えられます。


むし歯探知用レーザーだけでむし歯を診断してはいけない理由


当院にもご紹介していたダイアグノデントペンを所有しています。ただ、ダイアグノペンが「先進歯科治療」なのか?と言われると疑問です。以前から光でむし歯を測定する機器は存在していましたし、ダイアグノデントペン自体も当院では2015年に購入した(実際はもっと前から販売されていた)ためもう10年程になります。


また、番組でダイアグノペンだけででむし歯が診断できるような雰囲気がありましたが、ダイアグノペン単独でのむし歯部分をむし歯と検出できる確率が80〜90%、健康な部分をむし歯でないと検出できる確率が60〜70%です。つまりこの機器だけでむし歯を診断してしまうとむし歯の見落としや削らなくていいむし歯を削ってしまう恐れがあります。


そのため、当院ではレーザー探知は検査の中の一部と考え、レントゲン等の検査と併用してむし歯を診断しています。


まとめ


1. むし歯は感染症ではない。


2. むし歯の原因菌はお口の中の常在菌なので口移し等を気にしても意味がない。


3. プロバイオティクス(お口の中に乳酸菌)はまだ有益な情報が少ない


4. レーザーのみによるむし歯治療は非効率的のため他の治療法との併用が望ましい。


5. レーザーによるむし歯診断だけでは見逃しや誤った診断になる恐れもあるため、レントゲン等などの検査も併用することが必要。


歯科に対して興味を持っていただく面でメディアに取り上げていただけることは良いことだと感じていますが、バラエティーとして盛り上げたい一心で間違った情報を視聴者に与えてしまっているのは残念に思います。患者さんの生活や生命に関わる医療の話題だからこそ、誇張して報道せず、メリットだけでなくデメリットも含めて正しい情報を提供してほしいと感じております。


 

この記事を書いた人


静岡県菊川市歯科医師

医療法人社団 統慧会 かわべ歯科 理事長 川邉滋次


 

参考文献


1。共同通信PRワイヤー口臭白書2019

https://cdn.kyodonewsprwire.jp/prwfile/release/M105545/201905296903/_prw_OR1fl_06B0cbZo.pdf


2. 内閣府 男女共同参画局 第34図 男性・女性ホルモンの推移. 男女共同参画局白書 平成30年度版.

https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/h30/zentai/html/zuhyo/zuhyo01-00-34.html


3.一般財団法人口腔保健協会. 乳幼児期における親との食器共有について. 2023.


4. Lussi, Adrian, and Carolina Ganss, eds. Erosive tooth wear: from diagnosis to therapy. Karger Medical and Scientific Publishers, 2014.


5. Bader, James D., and Dan A. Shugars. "A systematic review of the performance of a laser fluorescence device for detecting caries." The Journal of the American Dental Association 135.10 (2004): 1413-1426.

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