なぜ高齢者のむし歯が増えているのか?歯科での予防方法もお伝えします。
更新日:3 日前
はじめに
現在、日本の65歳以上の高齢者の人口は、総務省統計(令和4年5月確定値)によると、3624万9千人であり、総人口の29.0%を占めています。これを超高齢社会(65歳以上の割合が21%以上)と呼びます。
高齢者のお口の中のトラブルとして、多くの人が思い浮かべるのが「歯周病」かもしれません。しかし、意外かもしれませんが、近年ではむし歯が増えてきているという報告があります。
参考として、厚生労働省が実施した平成28年歯科疾患実態調査によると、5歳から19歳までのむし歯にかかっている人の割合は、1993年から2016年にかけて大きく減少しました。一方で、65歳以上の人々のむし歯にかかる割合は増加していることが報告されています。

では、なぜ高齢者のむし歯が増えているのか気になりますよね?そこで今回は、高齢者のむし歯増加の理由や予防法について解説していきます。
この記事を読んでいただき、高齢者やそのご家族、高齢者と接する医療従事者や介護士など口腔ケアに関心のある方へ、情報収集や意識の向上に役立てていただけたら幸いです。
▼目次
歯の根は「プラークがつきやすい」「プラークが取れにくい」「酸で溶けやすい」
高齢者のむし歯が増えている原因
1 . 唾液量の低下
唾液は口の中を清潔に保つ機能があり、むし歯から歯を守ってくれます。しかし、年齢とともに唾液を出す組織の働きが弱くなります。
また、複数の薬を服用する場合には口の中が乾燥しやすくなるため、唾液の量が少なくなってしまいます。そのため、唾液によるむし歯予防の効果が低下し、むし歯にかかるリスクが上がります。
2 . 「咬む」機能の低下
咬むことで唾液が出やすくなり、唾液の洗浄・抗菌作用によって食べ物の残りや菌を洗い流してくれます。
しかし、高齢者の場合、咬む力が衰えてたり、入れ歯の使用によって咬みにくくなり、かまずに食べる食品を選びがちになります。
そのため、唾液を出す機会が減り、むし歯にかかるリスクが高くなります。
3 . 昔よりも歯が多く残るようになった

このデータから、25歳以上の人々において、平成初期と比較して失われた歯の数が減少していることがわかります。これは、歯科医療の進歩、歯や口の健康に対する関心の高まり、そして家庭用の口腔ケア製品が普及したことなどが要因と考えられます。
65歳以上でも同様の傾向が見られるため、昔よりも歯が多く残るようになった一方で、むし歯の本数も増えている可能性があります。
4. 歯の根本部分のむし歯の増加

歯の根本部分にできるむし歯のことを「根面う蝕(こんめんうしょく)」と呼びます。高齢者だけでなく、成人でも発生することがあります。

歯の根本部分は本来、歯ぐきに覆われていますが、歯周病や不適切な歯磨きにより、歯ぐきが下がって根本部分が露出してしまうことがあります。この部分は歯ブラシなどで磨きにくく、プラークがたまりやすいため、むし歯ができやすくなります。
根本部分のむし歯は症状が少なく、自分自身では気づきにくいことが多いため、発見が遅れることがあります。
歯の根は「プラークがつきやすい」「プラークが取れにくい」「酸で溶けやすい」
歯は「歯冠」という歯の頭の部分と、歯根とよばれる歯の根部分に分かれています。下の模型画像で見ていただいてもわかるように、歯冠と歯根は形や色だけでなく、組成にも違いがあります。


歯の頭部分は、エナメル質とよばれるカルシウムやリンなどミネラルが豊富な硬い層が約2mmあり、内側にある象牙質を保護しています。
一方、歯の根本部分はセメント質とよばれる、約0.3ミリメートルの薄いコーティングと、内部に象牙質があります。セメント質や象牙質は、エナメル質と比較して、ミネラルが少なくコラーゲンとよばれる有機質を多く含んでいるため、硬さは劣ります。
また、歯の根の表面はツルツルではなく粗造なためプラークがくっつきやすい環境になっています。そして根は形が複雑なことが多いため、ブラッシングが行き届きにくい部位です。
歯の根本部分は物理的にもむし歯になりやすいですが、科学的にもなりやすい理由があります。
理科の授業で酸性・アルカリ性の度合いを表すpH(英はピーエッチ、ドイツはペーハー)という尺度があります。pH7が中性で、pHが7より小さければ酸性、大きければアルカリ性です。
エナメル質のミネラルが溶け出すpHは5.5以下、象牙質・セメント質のミネラルが溶け出すpHが6.2以下と、歯の根元部分はむし歯原因菌が出す酸の影響を受けやすくなっています。

以上をまとめると、歯の根本はプラークがつきやすく、取れにくく、酸で溶けやすいといったむし歯に対して弱いことがわかります。
根元むし歯の予防方法・治療方法は?
むし歯ができた時、もちろん処置や治療は必要です。そして今後同じようなむし歯を発生させないように、「なぜむし歯ができてしまったのか?」という原因を探り、予防や対策することが大切です。
1 . 歯を強化するためにフッ化物を使用する
フッ化物は、子どものむし歯予防に使用されることが一般的ですが、実は大人のむし歯予防にも効果があり、歯の根本部分にも有効です。
歯の根本部分は歯ぐきに近く、表面も凹んでいるため、歯ブラシが届きにくい場所です。
フッ化物配合歯みがき剤を使用することで、歯ブラシの向きや動かし方のようなテクニックよりも効果的に歯を強化することが可能です。
クロルヘキシジンとよばれる薬剤を使用する方法もありますが、研究の結果、歯根面のむし歯予防効果としてはフッ化物の方が効果的であると報告されています。
2 . 歯ぐきが下がらないようにするための対策
歯の根元が露出しないようにするには、歯ぐき周りを清潔に保つことが大切です。また、歯に無理な力がかからないように気をつけましょう。
このためには、歯周病の予防やケアを行うこと、自分に合ったブラッシング方法を専門家からアドバイスを受けることが役立ちます。
3 . むし歯を除去した後の処置方法
むし歯を治療する際には、まずはむし歯を除去します。その後、除去された穴には「コンポジットレジン」と呼ばれる樹脂材料や、「グラスアイオノマーセメント」と呼ばれる歯に有益なイオンを出す材料を使用して、埋める処置を行います。

歯の根本部分に発生するむし歯は、歯ぐきで一部隠れている場合が多く、特殊な糸を使用して一時的に歯ぐきを動かす方法や、手術で歯ぐきを下げてから材料を埋めていく方法があります。
4 . 定期的に歯科メインテナンスを受けること
歯科医院での定期的なメインテナンスや予防歯科処置に通うことは、歯の根本部分のむし歯を早期に発見できるだけでなく、歯の根本部分にむし歯が発生することを防ぐためにも大切です。

特に、歯科医院では市販のフッ化物歯磨き剤よりも高濃度のフッ化物をピンポイントで塗ることができるため、むし歯予防効果としては比較的高いと考えられます。
まとめ
1. 65歳以上のむし歯割合は増えており、その理由に「唾液量が減ってしまう」「高齢者の歯が昔より残るようになった」「歯の根本部分のむし歯が増加」ことがある。
2. 歯の根本部分のむし歯は、高齢者だけでなく成人でも発生する場合がある。
3. 歯の頭部分のむし歯と比較して、歯の根本部分のむし歯は進行が早い。
4. 歯の根本部分のむし歯を防ぐにはフッ化物と歯ぐきを下げないケア、歯科医院での定期的なメインテナンスが必要。
この記事を書いた人

医療法人社団 統慧会 かわべ歯科 理事長 川邉滋次
参考文献
①総務省統計局.人口推計-2022年令和4年 10月報,
https://www.stat.go.jp/data/jinsui/pdf/202210.pdf,2022.
②厚生労働省. 平成28年歯科疾患実態調査, https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/62-28.html,2017.
③公益財団法人日本医療評価機構.MIndsガイドラインライブラリ, 8根面う蝕への対応 VQ20 初期根面う蝕に対してフッ化物を用いた非侵襲的治療は有効か,2013.
④伊藤直人.カリエスブック 5ステップで結果が出るう蝕と酸蝕を予防するカリオロジーに基づいた患者教育,2020.